「…どっ、どうして、だ?」
徐々に冷静さを取り戻している――のつもり――。俺は少年の返事を待った。が、部屋には沈黙が流れる。
「…僕、怖いんです…」
「えっ?」
何が何だか分からぬまま、俺は間抜けな声で返事してしまった。しかし少年は、淡々と語り続けた。
「…僕、来年にポケモントレーナーになるんです。それで、その旅の為に、この帽子サンタさんに頼んだんです……でも、怖くなってきちゃって……一人で旅なんか、出来るはずないよ…」
「いや、そんなことはない」
「えっ?」
えっ?…俺も心の中で、同じフレーズを発した。無意識のうちに、言葉を発していた。
沈黙が訪れる。暗闇の中でも、少年の不安げな目をはっきりと凝視していた。
冷や汗が引いていく…落ちついた証拠だろうか?…それとも……
「…僕……諦めたいんです、ポケモントレーナーになるという夢。だって…旅、怖いもの……」
少年の台詞。その台詞で、俺の心の中で何かの感情が湧いた。怒りとも、憎しみとも違う、何かが…
俺はまた無意識に動いていた。少年は俺の行動を目で追う。俺はベッドの傍らに置いてあった箱を手にした。
「…俺の分も、夢、叶えてくれよ…」
俺は箱の紐を解き、そして丁寧に包装されていた紙を剥がした。
少年は呆然とこの光景を見ていた。頭の隅で、何をやっているのか分からなくなっていた。
だが……こうすることしか考え付かなかった…
…ガサッ…
箱の蓋を開けた。中には、赤色の帽子が一つ、ぽつんと置かれていた。
俺は帽子を箱から取り出し、少年の頭に被せた。暗闇の中で、その帽子だけ何か異彩を放っているように思えた。
「…サンタ、さん?」
「…俺もなりたかったんだよな、ポケモントレーナーに…でも、無理だった…」
俺は部屋の空虚を見つめた。昔を思い出す…だがその思考を、すぐに追い払った。
「俺の願い…訊いてくれるか?」
「……えっ?」
間を置き、少年が言った。色々な意味で驚いたのであろう。だが、それは省みない。俺は淡々を続けた。
「…ポケモントレーナーになって…チャンピオンになってくれ」
窓から日の光が漏れ始めていた。もうすぐ…いや、もう夜が明け切っている。
夜が明けて分かったが、辺りは一面の銀世界。だが俺は、それに見惚れている余裕はない。
俺は小指を立て、少年の顔の前に出した。そして笑顔で、繰り返した。
「ポケモンリーグチャンピオンに、なってくれ」
「……サンタさんの、お願い?」
疑問符だらけの少年。日の光で、少年の表情がはっきりと分かる。
しかしそこには…目の奥には、何か輝くものがあった。少なくとも俺は、そう感じた。
「…でも……」
「怖くない。大丈夫…この、帽子に願うんだ…俺が…いや、サンタがあげたこの帽子に…」
「帽子に?」
「うん……暗闇の夜のように、不安が襲うことも、あるだろう…でも…この帽子、そしてなにより…自分のポケモンを信じるんだ。きっと君を、助けてくれる…君は一人じゃない…だから、俺の願いを訊いてくれ…」
「…一人じゃ……ないんだ!」
「…そう」
俺はこくりと頷いた。少年の表情からは、不安の感情は消え去っていた。輝く目。そして、笑みを浮かべる表情。
そして少年は、自らの小指を俺の小指に絡ませた。小さいながら暖かい小指は、俺の心の底まで暖めてくれたような気がした。
「…指切拳万、嘘ついたら…」
「ハリーセン飲ます!指切った!」
その瞬間の少年の笑顔は、永久に俺の脳裏に焼き付いた。
あれから何年経ったであろうか…俺は、あの時約束した少年の名を知った。
何故か…彼は世界中に名を轟かしているからだ。
あの時の俺の願いを、少年は叶えてくれた…そして俺も、夢を追い続けている…
俺は一人…いや、ポケモン達と共に新たな人生を踏み出していた。
あの夜、俺はポケモン達と、あの少年に“夢”を貰った。とてつもなく大きな夢を…
それを実らせるため、俺は今日も…歩み続ける……
完