「今日はここで夜を明かそう」
そう言って僕等が腰を落ち着けたのは港のようなところだった。静かで汚れず心地良さそうな場所。地図を持っていないのが、悔やまれる。
「海が、綺麗ですね」
僕の唯一の相棒――ムウマが、呟くようにそう言った。うん、と僕も海に目を遣る。
夜の海を眺めるのは、良く考えると初めてだった。時折吹く風に、水面に写った月がすうっと揺れる。
「――ねえ、兄貴」
ムウマが、不意に僕に声を掛けてきた。「うん?」とそれに応じると、少し間はあるものの、目が合う形になった。
「兄貴は、死を意識――いや、覚悟でもいいですけど――した事って、ありますか」
「死、か……記憶に無いなあ」
……私はね。――ムウマは視線を海の方へ遣って、そして言う。
「私は、ありますよ。ただ一度きりですが」
ただ一度。されど一度。きっと、生きている中で死を意識するのは当然の事なのだろう。だからきっと僕にもその時が来るかもしれない。
「――その一度きりで、私は死にました」
「え?」
口をついて出るのは、間の抜けた声。
「私は海で、溺死したんですよ。兄貴」
「………………」
どうしようもなく沈黙を強いられる。言葉を発することなど、出来ない。
「それも――前の御主人に、殺されたんです」
「……そんな」
何かの間違いなんかでは、無いだろう。本人がこういう以上は、きっと確実に。
「殺された、のか」
ええ、とムウマはそこでようやく僕に視線を戻した。
「ねえ兄貴どう思いますか私は殺されたんですよ実の御主人に。ただ一度の過ちから夜の海に沈められなすすべも無く死んだんです」
「………………」
「――だから」
早口だったムウマは、またいつも通りの口調に戻った。
「私は成仏しませんでした。……といっても出来る訳ないですよね。そして私は、ゴーストとなってその御主人を呪ってやったんです。結果――御主人は海に落ち、溺れ死にました。事故という形で」
「そうか」
当然の報い、なのかもしれない。
……あれ?
だとしたら、今もこの世に居続けているのは――何故なのだろうか。
「それが今から十五年前の十月の事でした。上旬でしたかね」
「それって……」
僕が生まれたのは、十五年前の十一月の終わり。
「しかし私はそれでもまだ怨み足りません。これでは成仏できません。そこで私は、生まれ変わった御主人を呪ってやろうと考えました。それも、人生で一番楽しいところで」
ある光景を思い出す。
僕が七歳くらいの頃。このムウマは気付いたら僕の側に居たのだったか。
そして僕は、見たこともないこのポケモンを見て、どういう訳か、恐怖を感じたのだった。初めて感じる類の感情であった事を憶えている。
「もう判りましたよね兄貴――いや、御主人。私が貴方に着いてきた訳が、吐いてきた嘘が」
ムウマの首の辺りの赤い球が、鋭く光る。僕の肉体に、別の精神が宿り。
「楽しかったよ、ムウマ」
「生まれ変わっても一緒ですよ、御主人」
他人事のように聞こえる、ばちゃんという水音。
夜の海は、これ以上無いほどに幻想的だった。