川にもかなり霧がかかっている中、その霧を掻き分け、船首に龍頭を模した物をつけた戦艦が五隻、川岸に着岸した。
「洪楠殿、この兵団の輸送、われら凌珀(リョウハク)水軍にお任せを!!」
船の上から澄んだ声で洪楠にに呼びかけてくるものがいる。
年齢は洪楠と同じくらいか、背は小さく童顔であるが、
体つきは頑健で、いかにも屈強の頭領といった感じである。
凌珀の呼びかけと同時に、船の上の兵士たちが渡し橋のための木の板を下ろす。
「ありがたい、凌珀殿。全隊、船に乗り、渡河準備」
洪楠は、全軍を船に乗せて、渡河準備を終わらせた。
ちなみに、水軍部隊の隊長である凌珀と、都の騎都尉洪楠は昔からの友人と言うわけではない。
一月ほど前、洪楠と程何が討伐軍の先鋒としての依頼を受けて都に上った際、大尉である曹秀によって引き合わされた。
そこで、“お互いをよく知ろう”という名目で、洪楠と程何、
凌珀と、凌珀の部将、梅乾(バイカン)の四人で宴会をやっていたところ、
凌珀と洪楠は、一日で十年来の親友のようになったのである。
そこで、“揚武まで侵攻するときは俺の水軍を使え。 それなら簡単に渡れる。”
や、“この戦いが終わったら、お前の配下として、お前に着いていこう。そろそろ天下は乱れるからな。”
などと、半ば酔っ払っていたために冗談のように聞こえるような話をしていたのである。
そう言えば、凌珀はなかなか都でも女に囲まれていた気がする。
一緒に歩いていても視線を感じた。
船首に立ち、洪楠は一月前のことを思い出していた。
風は強い。船の進むための動力としてはいい。そんなことを考えていた。
「向こう岸へは後一刻ほど掛かりますが……多少はお休みになられたほうが良いのではと思います」
後ろから程何が声をかけてくる。それは何処か硬く、緊張しているときの声である。
「へぇ、お前でも緊張するのだな」
洪楠は戯れ、とばかりに振り向きもせずにそう言った。
「私でも緊張しますよ。特に、これから殿が天下へ雄飛するときなどは、
留守を守り、無理難題を押し付けられなければならないですからねぇ」
程何が、そう答える。何処かおかしなその雰囲気に、思わず笑ってしまった。
だが、気づくと、その程何の緊張も解けていた。
「俺は……この遼の国を……いや、天を」
洪楠は、そこで言葉を止めた。何故自分でもこんなことを言い出したのかも良く分からなかった。
なんとも言えないような洪楠の言葉を、程何が継いでいた。
「掴めます。いや、必ずや掴みましょう。私のためにも、凌珀殿のためにも、そして、天の人民のために」
洪楠は右腕で剣を引き抜き、天高く掲げて、程何に見せる。
「俺について来い。乱世を駆け抜け、天を掴む男の生き様、お前に見せてやろう」
自分の声が、震えながら、それでも高揚しているのを感じ取れた。
そして、程何は頷いて見せ、ゆっくりと船内に戻っていった。