遼水の近くは静寂に包まれており、赤々とかがり火が陣地を照らしている。
その静寂を破るように、複数の馬蹄が硬い地面を叩く音が響く。
数頭の、炎で道を照らす赤い馬が、具足をつけ、剣を佩いている人間を乗せて、陣地に向かっていた。
陣地の中、唯一光の漏れている幕舎の前で先頭の赤い馬は止まり、馬上の青年は炎馬から降り、幕舎の中に入る。
他の馬に乗っていた兵士たちは、他の幕舎へ散り散りに向かっていった。
「やあ洪楠殿、やっと来られましたか」
幕舎のなかでは、地図を広げ、何やら軍議の様な事をしていた。
全て赤の甲冑に身を包んでいる、何やら参謀っぽい人が、入ってきた将軍風青年に声をかける。
「多少遅れたが、物資の輸送の手はずは整えた。後は、戦略を練り、向こうへ突撃するだけだ」
青年将軍は、椅子に腰掛けながらそう呟いた。
ドスッ。いきなり幕舎の屋根に巨大な矢が突き刺さる。弩砲独特の風切り音と共に、陣地の中の陣太鼓が鳴らされる。
「……何なんだこれは?程何(テイカ)」
洪楠は、程何と、目の前の参謀に訊く。
「敵襲ですね。洪楠殿も臨戦態勢を!!敵を撃破します」
そう言うと、程何は幕舎を出て、起きだした兵士に指示を与える。
恐らく、夜襲であろう。まだ戦闘準備も出来ていないと思っているのか知らないが、こちらにとっても好都合。
程何は内心ほくそえみ、声を張り上げた。
「全員槍構え。密集方陣を敷きます。騎馬隊は、陣地内での戦闘は行わず、先の広場にて遊撃戦を展開しなさい。
弓兵部隊は槍、騎馬たいの援護をすること。」
物々しく甲冑を着た兵士が集結するが、それよりも早く、敵の歩兵部隊が陣地に切り込んできた。
「……出撃だ。全員、敵の増援を阻止するために、広場で遊撃戦を展開する。全員、これ以上の敵を陣地に入れさせるな」
先頭の洪楠以下、全員が赤い甲冑を身にまとい、赤い炎を持つ炎の馬、ギャロップに乗っている。
騎都尉洪楠の赤備え、炎騎馬隊である。都でもその勇名は高く、数々の反乱軍鎮圧に一役買っている。
ギャロップ達は嘶いているが、剣戟の音が鳴ると、自然と静かになり、臨戦の態勢になった。
「全隊、連続突撃の戦法を取る。第一隊、俺に続け」
後方の軍楽隊が太鼓を一度打つと、洪楠以下一〇〇騎がまず突撃を開始する。
洪楠の騎馬隊が他の騎馬隊と違い、かなりの勇名がとどろいている理由は、多彩な戦法にある。
この連続突撃は、その中でも代表的なもので、一〇〇騎ごとに部隊を分けて、一気に時間差で突撃することである。
その速度と、馬上から放たれる長槍の一撃で敵に打撃を与え、加速するために敵から離れ、
また次の一部隊が突撃、その部隊も突撃準備、次の部隊が突撃、といったことを繰り返す戦法である。
そのため、洪楠の騎馬隊は、一〇〇〇という少数でありながら、どんな大軍にも大打撃を与えることが可能だ。
第一、洪楠の部隊が、広場より陣地に浸透しようとしている歩兵部隊に突っ込む。
いきなりの奇襲に、敵の部隊は大打撃を受け、指揮、連絡系統が混乱し始めた。
その中、洪楠の第一部隊が加速するために敵集団から離脱。
すぐさま第二部隊が突撃する。
その繰り返しと、陣地内からの槍の密集方陣に、弓兵の援護射撃で、敵軍を壊滅的な状態にした。
「敵はあらかた片付きました。残りの兵も向こう岸に撤退しました。それでは、今日は休ませ、明日明朝から急襲するというのはどうでしょう」
洪楠の隣に来た程何が、洪楠に訊ねてみる。
しかし洪楠は、
「いや、俺たちは被害が小さい。あと少ししたら援軍が来るはずだ。援軍と共に今夜中に揚武平原に上陸し、敵を破る」
洪楠がそう言うと、程何はうなずき、先ほどの幕舎へ入っていった。
洪楠も、援軍到着までの一刻ほど寝ようと、従者に伝え、自分の幕舎へと向かった。