格闘ポケモンを巧みに操り、自らの力とポケモンとの力を集結させてどんな相手にも本気でぶつかる。――それこそが彼の優しさであり強さであり礼儀である、というのが彼を知る者の言葉であった。
格闘系のポケモンだけでなく、岩属性のポケモンも操ることから、彼を師と慕う者は少なくない。タケシも、その一人であった。
「――何故、此処に?」
タケシの問い掛けに、シバは大して表情を変えることもなく、
「ニビジムがここ最近休業していると聞いてな」
その言葉に、タケシの表情が曇る。思い出したくない記憶を呼び起こさせてしまったかもしれない。――そう考えたシバは少し声を大きくして言った。
「お前の独白、確かにこの耳に入った。事情は知らんが、先程の疑問くらいには答えてやらんでもない」
「……師匠」
大丈夫だ、とシバはそこで初めて笑顔を見せた。
「俺も同じ疑問にぶつかった事があってな。――最も、事情は少し違ったが」
はにかむようなその笑顔に、タケシは無意識に遠い昔の記憶を辿っていた。
大きな山の頂上で、彼は一つの事を教えてくれた。それは、ポケモンの奥義というものについて。
『ポケモンと心を通わせ、互いを助け合おうとする心の繋がり。――それがトレーナーに必要不可欠なものなのだろう』――これがシバの言葉であった。
脳裏から薄れていたその言葉を再認識すると、タケシは拳を固く握り締めた。
「――鋼が何を成分として成り立っているか、知っているか?」
「鉄……ですか?」
「その通りだ」
意図が全く読めないシバの質問に、少し戸惑いつつも答える。
ふっ、と格好良く笑うと、シバは肩に掛けられた白い袋を弄り、中から何かを取り出した。
「ここに鉄の塊と岩の塊がそれぞれ、ある」
それをジムの床に適当に放ると、シバは更にモンスターボールを取り出し、軽く投げた。出てきたのは、長身の鶏のようなポケモン。少なくともタケシにとっては見た事のないポケモンであった。
「こいつはバシャーモという格闘ポケモンだ。昔ホウエンで修業していた時にゲットした奴だから、こっちではあまり見ないかもしれないな。――さあバシャーモ、火炎放射」
何をするのですか、等と口を挟む間もなくそのポケモンの口から勢いよく炎が放たれる。そのままで二分、三分――その内にジムの中に熱気が篭ってきた。
「バシャーモ、もう良いぞ」
その指示に、ようやくそのポケモンは炎を吐くのをやめたようだった。少し安堵しながらシバに近づくと、彼は鋭い声で問い掛けてきた。
「あれが見えるか」
シバが指差した先には、真っ赤に焼けて煙を噴いている石と、どろどろに溶けた黒い液体状の鉄があった。
「鋼の成分は鉄。――ならば鋼に同じ事をした場合も、ああなるだろう」
はい、と頷くタケシにシバは続ける。
「引き換え、あの石を見てみろ。溶ける事もなく、逆に熱気を体に溜め込んでいるだろう。これは、石の持つ柔軟性――応用力、と言えるのではないだろうか」
「つまり――岩の良さは、硬さだけではないと」
ああ、とシバは頷いた。
「岩は硬い。鋼はもっと硬い。だけど、それ以上に岩は柔らかいんだ。使い方次第でどうにでもなる」
そこまで言うと、シバはタケシの方を向き。
「岩に限った話ではないぞ。――お前も、もっと柔軟になれ」
そして、ふっと息をつき。
「こんな答で、満足して貰えたか」
「――ええ。とっても」
その言葉に満足そうに頷くと、シバはポケモンをボールに戻してゆっくりと出口の方へと向かい。
「何かあったら、また会おう」
「……はい」
口では応じたものの、もう暫くは貴方に会う事もないでしょう――そう感じていた。
それは本能なのかもしれないし、直感なのかもしれない。
「では――さらばだ」
「……さようなら」
シバの背中を見送ると、タケシは足元に転がった無数の石の中から一つを取った。
黒く丸い石。――それを硬いジムの床に投げつける。かつん、と軽い音と共に石は砕けた。
……けれども。
その一断片を手に取る。
砕けた石のその断面には、何物にも変えがたい確かな硬さと柔らかさがあった。
<Fin>