ワタル

ポケモントレーナーに協力する事。――それが、彼女にとっての「喜び」だ。

もちろん、それには理由がある。

思い出したくない、理由が――。

夜――。

人通りの少ないこの場所で、一人の少女が黙って座っていた。

「お腹がすいた」「寂しい」――そんな様々な思いが、彼女の中を巡る。

まだ彼女には、事がよく呑み込めていなかった。

無理も無い。――まだ幼い七人の子供を残し、両親が二人揃って旅立ってしまったのだ。

そうなると必然的に、最年長――ツキコが、兄弟を養う事になる。

――遊びたい盛りの年頃であるツキコには、重すぎる荷であった。

「バカ……」

ツキコの目から、涙がこぼれる。

兄弟の前では、決して見せない涙。今の内に、全て流してしまおう――。

運の悪いことに、気付くと、朝になっていた。

更に運の悪いことに、彼女は、無数のラッタに取り囲まれていた。

――こういうのを泣きっ面に蜂、っていうんだな……。

ツキコの心は落ち着いていて、こんなことを考える余裕さえあった。

それというのも、ツキコにはもう生きる気力は残っていなかったからだ。

「殺して――」

待ってましたとばかりに、ラッタの牙がツキコの喉に突きつけられる。

牙が、ツキコの喉を貫こうとした時――前方から、大きな声がした。

「カイリュー、破壊光線!」

その言葉と共に、ラッタの体がツキコの膝へと倒れる。

ツキコは、呆気にとられたまま、声のした方を見た。

見ると、マントの青年が、汗を拭っている。その青年は、ツキコの側に来て、言った。

「危ない所だったな。――俺の名前は――」

ワタルの言葉が止まった。ツキコが、感謝というよりも憎悪の感情を浮かべていたからだ。

「何で……何で助けるのよ」

その言葉に、青年が不思議そうな顔をする。

「私は……もう、生きるのが嫌なのよ」

そう言うと、彼女は、青年に洗い浚い事情を説明した。

話し終わったときには、もう流しきった筈の涙が、また頬を伝っていた。

「君の言いたい事は良くわかったよ。だけど――死んではいけない」

青年が、静かにツキコに言う。

「君が死んだら、兄弟たちはどうなるかわかるか?一度に三人が居なくなって……」

その言葉に、ツキコの目が見開かれる。

「君は生きなければならない。こうして生まれた以上、ね」

ツキコはもう、青年の言葉を聞いてはいなかった。

彼女の頬には、今までとは違う涙が、静かに伝っていた。

それは、悲しみの涙ではない。生きる喜びの、あたたかい涙。

「じゃあね。――俺の名はワタル。また、どこかで会おう」

ウインクを残して去っていくワタル。その姿に、ツキコは心から思った。

――トレーナーって、素晴らしいな……。

ポケモントレーナーに協力する事。――それが、彼女にとっての「喜び」だ。

そして、その喜びは、悲しみの何倍も大きい――。

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