隣の大陸へと遊びに行く者の40%は寵小精雑技団が目当てだと言われている。――いや、言われている、ではなく言われていた、と言うべきだろう。何せ、これは五年前のデータで、今は70%とも80%とも言われているのだから。
その数字が凄いのかどうかは、その辺りの事情に疎いぼくとしては何とも言えないが、十人に七、八人はそれが目当てだというのなら――まあやはり凄いのだろう。
寵小精雑技団は、この辺りでは
「ポケモン雑技団」と訳されている。
名の通り、ポケモンと共に奇術やら曲芸やらをやるという団体だ。
団員は極めて少なく、六人。――各団員がそれぞれ一匹ずつのポケモンを持っているとの事だから、正確には六人と六匹、といった所か。
その芸のレベルは世界どころか宇宙に通用するともいわれている。――もちろん、
「いわれている」とはいえ、それが伊達でも酔狂でも無いという事くらいは、流石のぼくでも知っていた。
……とにかく、宇宙レベルの芸を見せてくれるのが、寵小精雑技団である。これだけ覚えておけば、60%は理解した事になる。
そんな人気の雑技団がホウエン地方においでになると知ったのは、今から二日前の水曜日だった。多くは語れないが、裏ルートからチケットも入手できたし準備万端といった所か。
「ミナモのコンテスト会場か……」
ぼくは、ちらりとチラシに目を遣りつつ、呟く。
なんでも、ミナモのコンテスト会場を改装して会場をつくるとの事だ。
だけど。
あそこは、安全なのだろうか?
――つい二年ほど前にあんな事があったばかりだというのに。
まあ、ぼく個人としてはどうでもいいけれど。それに、会場に適切な場所なんてあそこくらいしか無いだろうし。
「こりゃまた消去法……とは違うか」
呟いた途端、
「お兄ちゃんー」と、明らかにぼくのではない声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、うるさいよー。――ちょっくら黙りなさい」
振り向くと――まあそれ以外に在り得ないが、やはり妹だった。
彼女は、名前をきらひと言い、義務教育を終えたばかりの十歳。
やりたい事も特に無いらしく、最近は何もせずに一日中、家でごろごろしている。
「……人の事は言えないけど」
ぼくも、特にやりたい事が無い人間なのだった。まあ一応、働いてはいるのだけれど。
「だからー、うるさいってばってば。おちおち歌も歌えないよー」
「……歌うなよ、こんなとこで」
はいはい、と適当に頷き、ごろりと絨毯に横になるきらひ。
――そう。こいつには、やりたい事があるのだ。
本人は
「やりたい事」と自覚はしてないらしいけれど、こいつは歌が好きだ。
呼吸でもするかのように歌を歌う。そしてその歌は決して下手ではない。――というか、上手い。
……その辺り、どうも嫉妬してしまう。
「やりたい事」が何気なくやれるというのは、かなり羨ましい。
「ていうか、ごろごろしてるなよ、あんまりさ」
何気なく言った言葉だったが、きらひは
「あうー?」と噛み付いてきた。
「ごろごろしてる訳じゃないよ。腹筋鍛えてるんだよ腹筋」
見ると、きらひの上半身は微妙に絨毯から浮いていた。そうか悪かったね、と適当に返すぼく。
「にしてもさー」
その姿勢のままで、話しかけてくるきらひ。
「いつだっけ?
奇術団さんは」
「……今月の十三日と十四日。ぼくたちが行くのは十三の方だから――お、ちょうど来週だな」
ほえー、と嘆息のようなものを漏らし、ごろりと体勢を崩してみせる。
その後、気付いたようにぽんと手を打ち、にやりと笑い、
「――十三日の金曜日になるね」と、言った。
その言葉に、少しだけ。――少しだけ戸惑ったが、ぼくは言い聞かせるように
「迷信だよ、そんなの」と言った。
結局。
十三日の金曜日が不吉だというのは迷信などではない、とぼくは一週間後に思い知る事となる。
もちろん、ただの偶然かもしれない。
ただ、そんな偶然が起こる時点で――十三日の金曜日は、呪われているのだろう。
そんな事予想できる筈も無く。
ぼくは、平穏な一週間を過ごし続ける。
そんな事予想できる筈も無く。