私の死にたかった衝動(2/2)

昼過ぎから降り始めた雪は、その勢いを衰えることなく降りつづいていた。私は雪が好きではない。雪なんてものは雨が固まったというただそれだけのものだ。雪合戦をする者は水溜りに手を突っ込む事ができるのだろうか。

――そんな感じの私の思考は、ポケモンセンターの日付変更を告げる放送の音で中断された。流石にこの時間帯、警備員のような感じの青年が一人携帯電話を弄っているだけで、他には誰も居ない。

二十秒に渡る放送が終わると再びセンターの中には静寂としか例えようのない静かなる時が流れ始めた。

そろそろ行こう。――私は腰を上げた。足が異様なまでに軽いのに気付く。まあ何かを終わらす時は気分が軽いものだ。しかも今度は全てを終わらそうときている。気分も足取りも、軽いに決まっているのだ。

「……はは」

少しだけ、愉快な気分になる。

死に対する恐怖や死に対する緊張。――そんなものは殆ど感じない。

自動ドアを潜り抜け、外に出る。外気は相変わらずに冷たい。雪が降っているので余計にそう感じる部分もあるのかもしれないが。

死ぬ方法は決めていた。飛び降りだ。確実に死ねるとは言えないが、考えられる中では一番手軽なやり方だ。そして、どこから飛び降りるか、というのも。

そんな事を考えながら歩いていると、ようやく目的地に到着した。私が飛び降りようと考えていたその場所――ミナモデパートだ。

ここは日曜の午後は営業していない代わり、土曜から翌日の正午にかけてはずっと営業している。日曜の深夜に営業した所で儲けは少なく眠気に襲われるだけだと思うのだが、しかしそこは偉い人の考えること。私に理解できるはずはないだろう。

店内に入る。いらっしゃいませ、と受付嬢が眠そうに言うのが聞こえた。この時間帯、時給はいくら位になるのだろうか。――まあ、そんな事はどうでもいいのだが。

エレベーターで屋上まで上がる。屋上は当然ながら雪が舞っていた。休憩用のベンチに薄らと雪が積もっている。私はそれを指で掬い取ると、頬に塗り付けた。私の体温ですぐに雪は溶け、雨水を付けたのと変わらなくなった。

「――死ぬ」

あまり日常では耳にしないそんな言葉をぼそりと呟き、私は柵を乗り越えた。少し立つスペースはあるが、殆ど塀の上を渡るようなもの。足を踏み外せば死ぬ。

私はそして――飛び降りた。

空中で体勢を変え、頭を下にする。これでコンクリートに頭を打ちつけ確実に死ねるだろう。

近づいて行く地面。小さく聞こえる誰かの声。思い出すあいつの言葉。

そして、私は――。

あれ。

これが、死ぬという事だろうか。地面が遠ざかって行く。もしや、死ぬと今までの人生が逆再生でもされるというのだろうか。そんな話は聞いたことがない。そんな戯言を思考しているうちにも私の体は上へと昇って。

「……どうして」

死に損ねた。どうしてだろう。こいつが余計なことをするからだ。決まっている。

「邪魔を――するな」

私は、自らの唯一のポケモン――サーナイトに、告げた。

いつの間に来ていたのだろう。

死ねると思ったのに。なのに死に損ねた。

「私は……死のうと思ったんだ」

答は返ってこない。ただ。

――その瞳が哀しげな色に染まった事だけは、理解できた。

「もう、いい」

私は、その瞳を理解する。このサーナイトは私を守ろうと――助けようとしたのかもしれない。だけれど、私にとってそれは邪魔だった。初歩的なすれ違いだ。

例え時間を戻すのに必要なエネルギーがどれほど莫大なものであったところで。

空間を捻じ曲げるという不条理を私の為だけに使ったという事実があったところで。

判っては――いるのだけれど。

「今から、死ぬ。邪魔をしないでくれ」

その言葉に――サーナイトが、私に抱きついた。

柔らかな感触。しかし、一体何をする気だろう。

……サーナイトが何か言うのを――否、何か感じるのを――感じた。

死の抱擁。シンクロニズム。ブラックホール。未来予知。

私の体が何処かへ落ちてゆくのを――感じた。

<Fin>

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