素敵なる恋心と敵わぬ大敵(1/2)

軽く吹き抜けて行く風を、ぼくは両手で抱きしめる。

揺れる花の魅力。草の良い香り。川の清い流れ。柔らかな土の感触。――そんなものを五感全体で感じながら。

ぼくは、一日を過ごす。

「人間が来たぞ!」

ぼくが一人で木の実を探していると、北の方から誰かがそう叫ぶ声が聞こえた。

この辺りは、トレーナー……とはいってもまあ弱い人が多いのだけど、とにかくそういう人がたまに通りかかる。弱いといっても先手必勝でボールを投げられたら対処のしようが無いので、いつもこの言葉を合図に、ぼく達は様々な所に掘られた穴へと潜るのだ。

いつもの様に穴の方へと向かい走ろうとすると、突如。

「……ねえ?」

――と、声を掛けられた。

ん、とぼくはその声に応じる。ぼくより少し高い位置から聞こえてくる、ニドラン独特の高い声。だけど、同性であるとは思えない。不安そうなその声は、きっとぼくより幼いものだろう。

「どうして、みんな、走り出した、の?」

その言葉に、ぼくは振り向き、そして硬直する。

薄い水色をした傷の無い綺麗な体。白く、ちょこんと小さな牙。くりんとした丸い瞳は、じっとぼくを見つめている。

「あ……」

答えようと、思った。

けれど、言葉が出ない。

彼女の大きな紅い眼に見つめられて。

彼女の体に、目を取られて。

彼女に、心を奪われて。

――初めての体験だった。

「ねえ、どうして、なの?」

言葉の一つ一つが、ぼくを揺さぶる。兄さんにのしかかられた後の感覚のように。

トレーナー用語でいうなら……マヒ、だったっけ。

――そんな事を考えながら、ぼくは彼女に応える。

「――え、と」

トレーナーが迫っているから逃げているんだ、君もそうしたほうがいい。――そう、告げようと思った。

思ったの、だけれど。

ぼくがそれを言う前に、大きな暗い影が、ぼくらを包み込んだ。

それが何か、なんて――考えるまでも無い。

考えたくも、無い。

それに対するぼくの反応は――情けない、ものだった。

視界に捉える事が出来た一つの穴に向け、一目散に走って行ったのだ。

彼女を、残して。

それほどに、恐怖だったのかもしれない。

人間という、存在が。

だけどそれは。

彼女を置いて逃げた事に対する言い訳にすら、なっていない。

ようやく穴の中に潜り込み。

そして。

「あぁぁぁぁぁ!」

ぼくは誰も居ない穴の中で、絶叫した。

懺悔――だろうか。

後悔――なのかも。

慚悔――有り得る。

でもどんな言葉を使ったところで。

ぼくは。

臆病な一匹のニドランでしか、無いのだった

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