満月はヒトゴロシ

1 :40号@副管理人 ★2005/07/31(Sun) 11:41:46













――「判っては、いるんだけどね」

2 :40号@副管理人 ★2005/07/31(Sun) 11:59:06
説明など、無用でしょう。

3 :40号@副管理人 ★2005/07/31(Sun) 12:01:18

 序章――満月はヒトゴロシ


 ――現在のカントーで殺し屋を生業としている者は、只八人だけだと言われている。
 一昔前、ざっと二十は居た殺し屋が約三割まで減った事に関しては、様々な噂が囁かれていた。
 その中でも有力なのが、カントーでも有名な悪の組織であったロケット団のボス――サカキの暗殺に失敗した為、という説である。
 その当時のロケット団は、強大な力を持っていた。サカキの賢さと、何より多い団員。――この二つを武器に、文字通り最悪の組織として。
 彼らの悪事の中で最も騒がれたのが、会社を丸ごと乗っ取った時だった。
 今では世界中に支社を持っているシルフカンパニー。――ロケット団が襲ったのは、そこであった。その狙いは当時試作品段階であったマスターボールであったという。
 しかし結局彼らはたった一人の少年に敗れ、それから暫くした後に解散した。
 ……そんな謎多き組織が、ロケット団である。
 兎に角、当時のロケット団が強大であった事は間違いなく、暗殺を企てているなどと知れば存在そのものを「無かった事」であるかのように抹消してしまう。――恐らく、消えていった「暗殺者」達もそうだったのであろう。
 そんな、消えていった者も居れば、新たに生まれた者も居る。
 時代の流れの中、新たに生まれた暗殺者。――まだ十代半ばの少年である風雅は、まさに其れであった。
 代金さえ頂ければ、どんな罪無き相手であろうと。――この言葉がポリシーで在り。
 視界に捕らえた獲物は、逃がさない。――この一言が信念で在る。
 最年少であり、尚且つ最強。故に評判はそこそこで、常に商売敵に睨まれる。
 しかしその定位置は、団体行動を好まない彼にとっては最も居心地のいい位置であった。
 味方は存在せず、居るのは敵だけ。――其れは等号で、「誰を攻撃しても構わない」という事。――そして其れは等号で、「目を瞑っていても負ける事はない」という事でもある。
 ……しかし。
 そんな彼にも、ただ一つ欠点――否、変わった点があった。
 どうして彼にそんな変わった信念が有るのか、誰も知らない。そしてそれ故に、彼の評判は実の力よりやや落ちる。
 それというのは、人殺活動を満月の晩だけに限っているという点。――それは、まさに今宵のような。
 深く、質量すら感じられる闇。それを切り裂く月光に、笑顔など無い。

4 :40号@副管理人 ★2005/07/31(Sun) 12:06:36

 二場――闇と月光


 ――深い闇の重みを感じつつ、その影は目を開ける。
 視界に入ってくる眩しいほどの暗黒。それを切り裂くように、彼は鋭く息を吐く。
 暫くの静寂の後、「――飛燕」と、その影は呼び掛けた。布の擦れるような音が、返って来る。
「目が慣れた。行くとしよう」
 返って来るのはやはり、布の擦れる音。
 その影は一人頷くと、軽く一歩を踏み出した。
 ――と、その瞬間。
「うあぁぁぁぁぁ!」――そんな絶叫と共に、影が照らされる。
 男、であった。警備員のような服装に、黒い上着。そして、眼鏡。――片手に構えた懐中電灯は、小刻みに震えている。
「――見つけたぁぁぁぁぁ! この殺人者がぁぁぁぁぁ!」
 しかし、その照らし出された表情に戸惑いは無かった。素早く目を閉じ、鋭い口調で言う。
「飛燕。――鋼の翼」
 そこまで言い終わるか言い終わらないか。――そんな内に、彼に向けられていた光が消える。
「ぬ……ぬは! ……ははははあははは!」
 その男は、懐中電灯もろとも八つに分断された自分の左腕――否、それがあった場所を見つめながら。――狂ったように、笑う。
「左腕……はは……」
 彼はゆっくり、影を向き。
「ならば――右手を使うまでだぁぁぁ!」
 男は、素早くその右手を上着の胸ポケットに入れる。しかし――その右手が出てくる事は無かった。
 胸に入れられたままの手首から先だけを残し、その右腕も崩れ落ちた。
「……うぉぉ! うぉぉぉぉぉぉぉ! うははははぁっ! うは――」
 狂ったような笑い声が、ぴたりと止む。
 それからぐしゃり、と眼鏡の割れる音。
 ――男の首が、落ちていた。
「……終わった、か」
 ゆっくりと、再び闇と同化した影が言う。
「飛燕、ちょっと頼む」
 その言葉に答えるのは、例にもよって布の音。
 暫くの後、カツン、と軽い金属音がした。
 ――靴の爪先に仕掛けられていた、小型の爆弾であった。体重を掛けると爆発するような仕組みになっている物である。
 自爆という手段が彼に与えられていた。――それは等号で、彼が「使い捨ての駒」であるという事。
「うむ……やはり、有ったか。――適当に処分しておけ」
 その言葉に答えるように、軽い爆発音がする。
「良し。――では、思考を進めるとしよう」
 風雅はゆっくりと、閉じていた目を開ける。
 ――月の光を遮る闇など、存在しない。

『サファリの園長を殺す』――これが、風雅の今回の任務であった。
 この依頼を受けたのは五日前。その依頼主は、妙に物憂げな覆面の男であった。
 風雅は、以前一度だけ、標的――サファリの園長に会った事があった。
 あの気さくな園長に殺されるだけの理由があるのか、定かではない。
 それでも――風雅は、殺す。自らの信念に基づいて。
 人を殺すのに必要なのは、動機ではなく――お金である。
「それにしても――」
 風雅が、呟くように言う。
「――何処にいるのか捜さなくてはならないのが、面倒だ」
 男が言うには「必ずお前と引き合わせてやる、だから空の見える位置で待っていろ」との事であったが、しかしそれが何時になるのか判らない。あまり無駄な時間を屋外で過ごす気にはなれなかった。
 時間は、有限なのだから。
「それはやはり」
 ……あそこに居た男が自分の事を『殺人者』と呼んだという事は、もう自分の潜入は気付かれているという事であろう。――そこまでは、風雅にも判っていた。
 ただ一つ判らないのは――何故、気付かれたのか、である。
 計画が露見したのは、彼にとって初めての事だった。通常、依頼人との取引は完全な密室状況で行われる。盗撮や盗聴は、不可能である。
「うむ……畜生」
 兎も角――次の一手は必然的に、殺しではなく捜索に限られてしまった。
 そんな物は、殺し屋の仕事では――無い。
「……飛燕」
 ゆっくりと、飛燕と呼ばれた存在は下りてくる。
「標的の捜索を――頼む」
 月を背景に現れる、大きなツバメのシルエット。布の音を立てながら、高らかな空へと飛びだって行く。
「ふむ――」
 頷くと、風雅はまた鋭く息を吐いた。
 周りにあるのは干草の固まりだけ。
 もう、布の音は返って来ない。
 ――すっと、風が吹き抜けた。
 と、その瞬間を見計らっていたかのように、風雅は口を開く。
「残念ながら、戦いたい気分ではない。――しかし」
 言いながら、上空へとボールを放る。
「気分で仕事をするのは、良くないからな」
 その言葉と共に、体ごと振り向き。
「満月の夜に俺の視界に入った。故に、殺す」
 依頼人など居ずとも。動機の存在を動機に。
「火焔。――出番だ」
 ……ゆっくりと、ボールが地面に落ちる。
 風雅のすぐ前に出てきたギャロップに反応するのは――笑い声。
 それは先程までの男の狂ったような笑い声ではなく、透き通ったような笑い声。
 愉快で、快感で、笑っているのではなく――笑う為に笑っているような、声。
「それは、有難い」
 言葉と共に、風雅の目線の先に女が現れる。
 ――それはまさに、現れる、としか表現の出来ない様であった。
「それでは、相手を――」
 ゆっくりと、その女は姿を現し――そしてその姿は完全となる。
「――して、頂こうか」
 ケーシィを抱いた女――ナツメは、完全なる満月を目の前に、不敵に微笑んだ。

5 :40号@副管理人 ★2005/07/31(Sun) 12:19:53

 三場――朱色の絶対


 刺激。攻撃。破壊。――赤という色には、そんな意味がある、と風雅は聞いた覚えがあった。
 ならば――その記憶が正しいのならば、そんな赤を全身に纏ったこの女は一体何なのだろうか? ……答えは、全く見えなかった。

「ふむ、ギャロップか。……私が今までに見た中でも、良い目をしている」
 その女は、落ち着いた微笑を浮かべる。
「しかし当然ながら、その『良い目』が勝利に繋がるかどうかは別。良い目はあくまで良い目でしかない。――更に、勝利とは相対的なものだからな」
 彼女は、ゆっくりと前に出た。腰まである暗緑色の髪が風に靡く。
「……まあそのような事、少しでも腕の立つ者なら分かっているだろうが」
 それはまさにその通りであった。
 勝敗は、平等にはならない。
 勝者の後には敗者があり、敗北の裏には勝利がある。
 その女は、更に続ける。
「私もジムリーダーを本業としていた頃、そんな事すら理解していない愚者を相手にする事があった。――いや、殆どはそうであったな。愛情は強さに比例する等という戯れた考えを持つ者が、殆どであった」
 穢れたものを語るような口調で――吐き捨てるように彼女は言い切る。
「ふむ――やはりナツメ、だったか……」
 微かな動揺を隠しつつ、風雅はその女に応じた。
 彼女は微笑を浮かべたまま、嘗めるように風雅を見る。

 ナツメといえば、裏では有名な殺し屋である。一年ほど前まではヤマブキのジムリーダーも務めていたのだが、そちらの方は様々な問題が露見し退職を余儀なくされた。
 そんな彼女の手持ちは、ジムリーダーをやっていた頃と同じ――エスパーである。
 そして、彼女自身の能力も――それと同じ。
 人間として有り得ない力。超能力。
「ふむ……」
 と、一瞬。
 鋭い息と共に空へと向いた風雅の視線が、止まった。
「……個人的に一つ言わせて貰えるならば」
 風雅は空を視界に入れたまま、焦ったように再び口を開く。
「先程お前が『穢れている』といったその考え、一概に否定は出来ないと思う」
「それは――どういう意味だ」
 ナツメがやや苛立ったような風に、靴の踵で地面を叩く。――その顔から微笑は既に消えていた。
「……意味など無い。軽い戯言だ。ただ――」
 ――その言葉に、ナツメが右手を軽く動かす。
「ふん。超能力少女、という私の肩書き、知っているだろう? その程度の思考を読み取れないわけも無い、とは思わなかったのか? ――まあ良い。こちらとしてもすぐに倒せてしまっては退屈する事になる」
 ケーシィを抱いた左手を軽く摩りつつ、ナツメは一人相槌を打った。
「時間が、欲しいのか? ――時間稼ぎが、したいのか? ……ふん、では、私が此処に居る理由を教えよう。――それはお前と同じ。――依頼、だ」
「……依頼」
 少し驚いたような顔つきで、それでも風雅は彼女の言葉を反復する。
「その依頼人は、お前を此処に呼び寄せた者と同じ。――そしてその標的は」
 秘密厳守の殺し屋が、仕事に関する情報を話す。――それはその相手を殺すだけの覚悟、そして実力、更には自信があるという、そんな余裕の表れ。
「――お前だ」
「やはりそうか」
 今度は特に驚く素振りも見せず、風雅は頷く。
「時に、その目的は依頼人から訊いているのか」
「目的? ――ふん、目的とは結構な言葉だな」
 ナツメは軽く風雅を睨んだ。
「何にでも目的やら関連性やら求めるのも馬鹿馬鹿しい事だが――それはつまりその依頼人がお前を殺させる目的ということだな?」
「それしか無いだろう」
 痺れを切らしたようなその言葉に、ナツメはまた微笑を見せる。
「うむ、そうだな」
 まるで焦らすように言葉を探すナツメ。そして暫くして、彼女は口を開いた。
「決まっているだろう。お前が邪魔だからだ。お前が異色だからだ。まるで目の上のたんこぶの様な存在。まるで白鳥の中の烏のような存在。これを邪魔といわず、これを異色といわず、何といおう。
 皆がお前を憎んでいる。邪魔なお前を。皆がお前を狙っている。孤独なお前を。さて――」
 時間稼ぎはこの辺りまでか。――風雅はそんな事を考えつつ、溜息と共に夜空を見上げた。
「お前はどうも好戦的じゃないようだが――まあ此方としても青臭い坊ちゃんと話をするほどに暇ではないのだ」
「――了解した」
 やや弱々しい声で。
 空を見上げつつ。
 溜息混じりに。
 風雅は言う。
「良くて相打ち、といったところか――お前の死亡は確定済みだ」
 いや、と風雅はその言葉を否定する。
「相打ちなどにはさせない。お前だけを殺す」
「いい意気だな、坊ちゃん」
 その言葉は、虚勢だった。風雅はもう一度だけ、空を見上げる。
 少し前に月の前を横断し始めた雲の群。それが満月を通り過ぎるまでは、もう少し時間が掛かりそうだった。

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Colorful Board System Version1.01 by ミライいろ。